脳はどのように絵を理解するのか?

Pramtreesumieinkdrawing 脳はどのように絵を理解するのか?

名作は何故名作たるのか?を、脳の動きで解明する試みは、興味深い。それを知ることで、名作を生み出す手助けになるかもしれないからだ。

セミール・ゼキは、モノは脳が見ている(脳は美をいかに感じるか、セミール・ゼキ、日本経済新聞社)として、人間は、今までの経験と実物を照合、統一しながら、モノを感じることを明らかにしている。セミール・ゼキは、あまり感情については述べていないが、美術を定義して、「美術は恒常的なものの追求であり、その過程において画家は多くのものを捨て去り、本質的なものを選択していくので、美術は視覚脳の機能の延長にあたる」とする。認識に関して、プラトンのイデア的な「恒常的なもの」を追求するが、イデアと仮の姿との二元論から離れ、恒常的なものは、脳内に蓄積された過去経験であり、本質的なものである、とする興味深い指摘をしている。

美術は、脳に蓄積された経験の表出である。そこから受ける感動、感情も、またその人の過去経験の蓄積になるのだろうか?過去との照合を元に、モノを知覚し、その後好き嫌いなどの感情判断がでてくるのだろうか。社会学の「類同性」という概念は、過去蓄積との照合後、感情が動くことを述べている。ゼキは、フェルメールを例にとり、作品の情景が何通りもの物語を語りかけている「曖昧さ」が、多くの人の経験にシンクロし、「確かさ」になると述べる。

ある絵を見たときの「うっ」という迫力、圧迫感、脳のもやもや感は、絵に展開される曖昧さに基づいているとするゼキ理論に基づけば、抽象絵画は、あらゆる人に受け入れられる可能性がある。