
Kids here used to have goldfish breeding in an old brazier, which was dumped in a backyard. At the beginning of the summer vacation, they came to see goldfish and to give foods every morning. But when the summer has gone, they almost forgot about these tiny fish. And in the autumn festival season, they got fun for "Kingyo sukui", catch goldfish, but it didn’t helo to recall their goldfish.. The next spring comes, they happened to find goldfish growing in mossed brazier. die hard fish.
How to draw goldfish with sumi ink.
Sumi-e is kind of vague art. You don’t seek the reality as much as 3D motion pictures do like "Beowolfe". Sumi-e art has its own way to come across the actual fish, flower or animals. The way for it is omitness. When you see paintings, you figure out what it is with the reflection of your memory which you have seen. Each memory of goldfish would be different one another, so the omitness would show up different on the paper. My memory of goldfish is red and gold bodh and a long tail fin. I exggerate that part and omit to depict other part. If it still looks goldfish to you, it would be succesful. Sumi-e is not the mirror art at what you see, but the talking with your mind art. You don’t need mind your goldfish looks like others, just listen your mind and take a stroke.
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金魚は夏の風物詩。冬を越して、まだ火鉢で生きている金魚を見てビックリしたことを思い出します。墨をすりながら、こんな金魚の思い出を色々思い出してみましょう。金魚のどの部分が一番印象深いですか?尾びれ、頭の盛り上がり、赤、白だけど銀色ぽく光って気持ち悪いヌメリ、、、、僕の場合は、冬を越えて伸びきった尾びれです。
一番印象に残っている部分、尾びれをヒラヒラ描けば、あとはなんとかなります。水墨画は、なんとなくそれっぽく見せる芸術です。リアル感を追求するより、自分の記憶に忠実に筆を走らせてみましょう。それが、世界でただひとつ、あなただけの金魚になります。

日本でミシュランが騒がれてた12月離日した。ロスで映画プロデューサーの卵として修行中の一葵君(宜野座一葵ブログ)が連れてってくれたのが、ロサンゼルス版ザガット3つ星の「メリッサ(Melisse英語です)」。満点30点のうち28点取っている3店舗のうちのひとつ。ちなみに、他2店は日本食レストラン。
メリッサでメニューを開けて驚いた。1ページめは、「KOBE BEEF」の色々な料理。他のも「JIDORI」「KANPACHI」とか。日本でいえば、創作和食の店で出すような料理がならぶ。「KOBE BEEF」を頼もうとすると、ウェイターに「実は神戸牛じゃない。神戸風のビーフなんだ」という説明をされた。。。。
日本のフレンチで、こんな料理だすところは、3つ星どころか、フレンチとは言われず、創作和食だとカテゴライズされ、異端扱いされるだろう。たまに、シェフのパリ修行時代を特集しているテレビをみると、「お前は日本に帰ったら、日本の食材で料理せよ」って言われました、という話がでてくる。パリのシェフは、日本で作る日本のレストランは、フランスで修行したのでフランス風だけど、フランス料理のレストランと思わないだろう。それが自然な考えだ。ロスのお寿司屋さんも、日本からみたら正当な寿司屋とは思われてないだろう。アボガドロール、ドラゴンロール、カリフォルニアのアイデアで作られたものはおいしい。寿司はコハダ、江戸前じゃなきゃ、卵でしめるのが通、とかそういう縛りから自由な精神がいい。
世間のあらゆる局面で、オリジナルはコピーよりも自由である。コピーした者に経済的利点がある場合は、形式主義になる。本家の伝統を受け継ぐと言っているほうが、威厳を保たれるからだ。いつの間にか、形式が主流になっていく。「Melisse」は、一応形式ぽさは取り入れているのだけれど、カリフォルニアの形式主義は、日本の閉塞感ある形式より全然かるい。
日本はこの何十年かこうした輸入ビジネス、タイムマシンj経営が持てはやされたけれど、これからはまたオリジナルを輸出する時代だ。世界第2の市場ではあるけれど、中国、インド他に魅力的な代替市場が伸びている。10年前に米国にいた人は、日本人というだけで人が寄ってきたが、今は様相が違う。オリジナルのものがないと商談が成立しない。日本ってうーんなんか面倒クサイ・・・というのがモアーとある印象みたいだ。
Blow your imagination before move the brush